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東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)37号 判決

原告 金秀洪

被告 法務大臣 ほか一名

訴訟代理人 坂本由喜子 成田信子 山田雅夫 ほか三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告法務大臣が昭和五〇年三月一八日付で原告に対してした原告の出入国管理令第四九条第一項の規定に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。

2  被告東京入国管理事務所主任審査官が昭和五〇年三月二五日付で原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二請求の原因

一  原告は昭和一七年一一月二五日本籍地である韓国済州道北済州郡朝天面咸徳里一二九四番地において、父金東秉植、母韓菊秋の長男として出生した韓国人であるが、昭和四三年四月ころ有効な旅券を所持せずに本邦に不法入国した。

二  原告は、自ら右不法入国の事実を申告した結果、昭和四九年一二月九日東京入国管理事務所入国審査官により出入国管理令(以下「令」という。)第二四条第一号に該当すると認定されたので、同日口頭審理の請求をしたところ、昭和五〇年二月一〇日特別審理官は入国審査官の認定には誤りがない旨判定した。そこで、同日原告は令第四九条第一項の規定に基づいて被告法務大臣(以下「被告大臣」という。)に対し異議の申出をしたところ、同年三月一八日被告大臣は右異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、同月二五日被告東京入国管理事務所主任審査官(以下「被告主任審査官」という。)は原告に対し退去強制令書を発付した(以下(本件令書発付処分」という。)。

三  しかしながら、本件裁決及び令書発付処分は以下に述べる理由によりいずれも違法であるから、取り消されるべきものである。

1  原告は本邦に在留する父親金秉植の将来を案じ、その面倒を見るために本邦に不法入国したものであり、不法入国後は大阪府、東京都、埼玉県等において稼働し、後記の父親及びその家族らに対し経済的援助を与えてきたが、昭和四八年一月以降は堀切塗装プロセス工芸社こと馬秀賢方において塗装技術を修得し、その事業の主要部分を担当しており、将来は同技術者の資格を取得して独立し、父親及びその家族らの経済的支柱となるべく努力を傾注しており、その性格、日常行動等からして本邦に在住しても他に迷惑を及ぼすことはない。

2  原告の父親金秉植は昭和一八年ころ来日し、そのまま本邦に在留し、後に協定永住許可を受けている韓国人であるが、本邦において日本人高鷹とき子と結婚して三子をもうけ(なお、韓菊秋とは離別している。)、昭和三四年同女と死別した後はさらに日本人益子ヒナと結婚して一子をもうけ、現在宮城県栗原郡瀬峰町において、益子ヒナ、同女との子久美子、高鷹とき子との子秀司(後記のとおり昭和五〇年四月一八日死亡)と同居し季節労務者として稼働している。なお、高鷹とき子との長女はすでに結婚し、次女は熱海市においてバスガイドとして稼動している。しかし、同人の賃金のみでは右家族の生計を維持するに足らず、かねてから原告の送金により補われており、また右益子ヒナらは原告を実子あるいは実兄同様に思慕している。

なお、秀司は原告が昭和五〇年四月一七日身柄を大村収容所に移送されたとの報に接して落胆絶望し、翌一八日鉄道自殺するに至り、このことはさらに原告の父親金秉植の精神を錯乱させ、同人は精神分裂症の診断により長期療養を余儀なくされた結果就業能力を失い、生活保護によつて辛うじて家族の糊口をしのいでいる状態にある。

3  以上の事実関係によれば、本件裁決及び令書発付処分により、原告は父親との永久的離別を余儀なくされるとともに、本邦において定着した生活の根拠を失うに至り、原告及びその父親の生活は破綻することとなるが、このことは確立された国際法規というべき離散家族保護の原理(第一九回国際赤十字大会決議)並びに世界人権宣言第九条及び第一三条に違反し、ひいては憲法第九八条第二項に違反するから、本件裁決及び令書発付処分は違法というべきであり、また被告らは原告に対し人道的見地からの配慮をすべきであつたのにこれをせず、被告大臣においては令第五〇条第一項所定の許可(以下「在留特別許可」という。)を付与することなく本件裁決をし、被告主任審査官においては本件令書発付処分をしたものであるから、同裁決及び令書発付処分には裁量権の範囲を逸脱したか又は裁量権を濫用した違法がある。

第三請求の原因に対する認否及び被告らの主張

一  請求の原因に対する認否

請求の原因一及び二の事実は認める。同三の1の事実のうち、原告が本邦に不法入国し、その後その主張の場所で稼動していたこと、昭和四八年一月以降堀切塗装プロセス工芸社において稼動していたことは認めるが、その余の事実は知らない。同三の2の事実のうち、原告の父親が協定永住許可を受けている韓国人であること、同人がその主張の結婚歴を有すること、同人がその主張の場所に居住すること及びその子供らの生活状況は認めるが、その余の事実は知らない。同三の3は争う。

二  被告らの主張

1  原告主張の国際赤十字第一九回国際会議における「離散家族を再会させる決議」はその形式・体裁からも道義の次元のものにとどまることは明らかであり、国際的な法意識に支えられ法的拘束力を認められている確立された国際法規には該当しない。

しかも、原告については本国である韓国に家族として実母韓菊秋のほか、後記金星子及び金完孝がいるのであるから、この点からも本件裁決及び令書発付処分は離散家族保護の原理に反するものではない。

2  令第四九条第三項所定の法務大臣の裁決(以下「法務大臣の裁決」という。)及び退去強制令書発付処分は裁量行為ではない。

すなわち、入国審査官の認定、特別審理官の判定、法務大臣の裁決は、いずれも容疑者が令第二四条各号の一に該当するか否かについてのみ判断することとされているので、事案の軽重その他容疑者の個人的事情について裁量を行う余地はなく、また、主任審査官は、右認定、判定、裁決が確定したときは退去強制令書を発付しなければならず、これらの手続において令書を発付するか否かについて裁量の余地はない。

ところで、原告が本邦に不法入国したことは争いのない事実であり、原告は令第二四条第一号に該当するとした本件裁決が適法であることは明らかであり、それに基づいてされた本件令書発付処分も適法である。

3  在留特別許可と法務大臣の裁決とは別個の処分であるから、在留特別許可をしないことが裁決ないし退去強判令書発付処分の違法事由となることはない。

このことは、法務大臣の裁決は特別審理官の判定に誤りがないか否かの判断を行う覊束行為とされているのに対し、在留特別許可の許否は法務大臣の自由裁量に委ねられていること、在留特別許可については法務大臣の権能が法定されているのみで容疑者にはその申立権が認められていないこと、同許可について令第五〇条三項の規定が設けられていることに徴して明らかである。

4  仮に、在留特別許可の許否の裁量を誤つたことが法務大臣の裁決ないし退去強制令書発付処分の違法事由になる場合があるとしても、本件については何ら裁量の誤りはない。すなわち、

(一) 在留特別許可を与えるか否かは法務大臣の自由裁量に属するものであり、しかも異議申出人の個人的事情のみならず国際情勢、外交政策等一切の事情を総合的に考慮したうえで決定されるべき恩恵的措置であつて、その裁量の範囲はきわめて広範なものである。

(二) 原告の父親金秉植は、原告主張のとおり宮城県において原告とは全く別家庭を築いており、原告が父親と同居していた期間は本邦に滞在していた七年間あまりのうち、わずか八か月間にすぎない。原告は、退去強制により出国した場合でも永久的に本邦への入国を拒否されるものではなく、改めて正規の手続により本邦へ入国して父親と会うことも可能であり、また父親も再入国手続により帰国して原告と会うことも可能であるから、永久的に離別を強いられるものではない。

(三) 原告は出生以来二五才に達するまで韓国で生活を続けていたものであり、昭和三七年二月ころには金星子と結婚して長男金完孝をもうけており、韓国には原告の父親の弟金秉好が右金完孝を養育しているほか、父親の弟三人、妹三人が居住している。さらに、原告には韓国海軍に四年間従軍した経歴もあり、韓国こそ生活の本拠地というべきであつて、同国において原告は十分にその生活を維持することができると認められる。仮に原告にとつて本邦に定着した生活の本拠があるとしても、それは不法入国という違法行為の上に築かれたものであつて早晩清算されるべき生活関係にすぎず、それが覆されることをもつて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の事由とはなしえない。

また、原告の父親は前記のとおり原告とは別家庭を築いており、原告の扶養を必要とするものではなく、原告の退去強制によりその生活が破綻するとはいえない。なお、同人が精神分裂症により長期療養を余儀なくされ、生活保護を受けていること等原告主張の事実が仮に存在するとしても、それらは本件令書発付処分後に生じたものであるから、それらの事由をもつて本件裁決ないし右処労の違法事由とはなしえない。

(四) 以上原告の経歴、生活状況、家族関係等あらゆる事情にかんがみれば、生活の本拠地であり同人の子がいる本国へ帰国されるのが当然であり、原告に対し在留特別許可を与えなかつたことにつき裁量権の範囲の逸脱又は裁量権を濫用した違法はない。

第四被告らの主張に対する認否及び反論

一  被告らの主張に対する認否

被告らの主張4の(二)の事実のうち、原告が父親と同居していた期間が八か月であることは認める。同4の(三)の事実のうち、原告が昭和三七年二月ころ韓国において金星子と結婚し(但し、内縁である。)、長男金完孝をもうけたこと、現在原告の父親の弟金秉好が韓国において金完孝を養育していること、原告が韓国海軍に四年間従軍したことはいずれも認めるが、原告の父親が原告の扶養を必要とするものではないとの事実は否認する。

二  原告の反論

1  原告の母親韓菊秋は原告が九才のころ原告方を去り、そのまま行方不明となつており、それ以来原告が同女と同居したことはない。また、金星子は昭和三八年九月原告が韓国海軍に入隊後間もなく原告方を出て行方不明となり、原告と法律上の婚姻をしないまま離別した。さらに金完孝は将来金秉好の養子となつてその僧職を継ぐ意思であり、原告の扶養を必要としない。

したがつて、これらの者が韓国に在住することをもつて本件裁決及び令書発付処分が離散家族保護の原理に反するものではないとする被告の主張は失当である。

2  退去強制令書発付処分が裁量行為性を有することは令第二四条の規定から明白であり、また、法務大臣の裁決自体に裁量の余地のあることは令第四九条第五〇条の文理解釈上当然の帰結である。

3  原告は成人となつた翌年軍隊に入隊し、除隊後半年を経ずして本邦に入国したものであり、韓国における実社会の生活経験は僅少にすぎず、他方本邦においては前記のように雇主馬秀賢に厚遇され、その生活を定着させているものである。

したがつて、原告の生活の本拠地が韓国にあるとの被告の主張

は失当である。

第五証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一及び二の事実は当事者間に争いがなく、右一の事実によれば、原告が令第二四条第一号の規定に該当することは明らかである。

二  そこで、本件裁決及び令書発付処分が違法であるとする原告の各主張について判断する。

1  原告は、本件裁決及び令書発付処分は確立された国際法規というべき離散家族保護の原理並びに世界人権宣言第九条及び第一三条に違反し、ひいては憲法第九八条第二項に違反すると主張する。

しかしながら、原告の主張する国際赤十字第一九回国際会議において採択されたいわゆる「離散家族を再会させる決議」は、非政府団体によつてされたもので、直ちに法規範として諸国家を拘東する効力を有するとはいえないのみならず、本件のように不法入国者を国外に強制退去させるような場合をもその対象としているものとは解することができず、その他離散家族保護の原理が確立された国際法規であると認めるに足りる証拠はない。また、世界人権宣言は各国に対して道義的な拘束力を有するにとどまり(同宣言前文参照)、法的拘束力を有するものとは解せられないのみならず、その第九条及び第一三条は、本件のように令の規定により不法入国者を国外に強制退去させる場合について言及し、これを禁じているものではない。

よつて、前示原告の主張は失当である。

2  原告は、本件裁決及び本件令書発付処分は裁量権の範囲を逸脱したか又は裁量権を濫用した違法があると主張するのに対し、被告らは、法務大臣の裁決及び退去強制令書発付処分は裁量行為ではなく、また、在留特別許可についての瑕疵は法務大臣の裁決の違法事由とはならないと主張する。

ところで、法務大臣は裁決に当たり異議の申出が理由がないと認める場合でも一定の事由に該当するときはその者の在留を特別に許可することができるとされ(令第五〇条第一項)、退去強制が甚だしく不当であることを理由として異議を申し出る場合には、その資料を提出すべきものとされている(令施行規則第三五条)ことなどからすれば、異議の申出が理由がないとする裁決は、入国審査官の認定を相当としてこれを維持する(この点では裁量の余地はない。)のと同時に在留特別許可を付与しないとの判断を示した処分にほかならないというべきである。したがつて、在留特別許可を付与しないことが違法であれば、この点を違法事由として裁決の取消しを求めることができ、さらに、主任審査官は退去強制令書の発付について裁量の自由を有しないのであるが(令第四九条第五項)、法務大臣の裁決の違法性は後行処分たる退去強制令書発付処分に承継されるものというべきである。そして、在留特別許可を与えるか否かは、当該容疑者の個人的事情だけでなく国際情勢、外交政策等諸般の事情を総合的に考慮したうえで決定されるべき事柄であり、法務大臣の広範な自由裁量に委ねられている恩恵的措置と解すべきであるが、在留特別許可を与えないことが、裁量権の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用してされたものと認められる場合には、同許可を与えないことは違法というべきである。

したがつて、本件裁決及び本件令書発付処分に裁量権の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用した違法があるとの右原告主張は、在留特別許可を付与しなかつたことにつき、そのような違法がある場合に限つて理由があることとなるから、以下この点について判断することとする。

(一)  原告は、本件裁決及び令書発付処分により父親との永久的離別を余儀なくされると主張する。

しかしながら、原告の父親は協定永住許可を受けている韓国人であり(この事実は当事者間に争いがない。)、原告がその本国である韓国に強制送還された場合にも、同国に渡航することは可能であり、現に証人金秉植の証言によれば、同人は昭和四一年ころ以降二度にわたつて渡韓し、原告に会うなどしている事実が認められる。さらに後記(二)認定の事実に照らしても、原告の父親においてその本国である韓国に帰り、同国で生活することも不可能ではないから、父親と永久的離別を余儀なくされるとの前示原告の主張は失当である。

(二)  原告は本件裁決及び令書発付処分により、本邦において定着した生活の根拠を失うに至り、その生活は破綻することとなると主張する。

原告が昭和四三年四月ころ本邦に不法入国した後、大阪府、東京都、埼玉県等において稼働し、同四八年一月以降は堀切塗装プロセス工芸社において稼働していることは当事者間に争いがなく、この事実に〈証拠省略〉によれば、原告は右堀切塗装においては、塗装技術者として勤務していたほか、それ以前においても印刷工場等に勤務し賃金を得ていたものであり、預金があるほかは本邦には特段の資産を有しないこと、後記父親と同居していた期間を除いては本邦においては単身生活をしていたことが認められる。

他方、原告が昭和三七年二月ころ韓国において金星子と結婚し、長男金完孝をもうけたこと、現在原告の父親の弟金秉好が韓国において金完孝を養育していること、原告が韓国海軍に四年間従軍したことは当事者間に争いがなく、前掲〈証拠省略〉を総合すると、原告の郷里には原告の祖父金徳珠が住職をしていた寺院があり、現在長男である原告の父親金秉植に代つてその弟金秉好が跡を継いでいること、同所には元祖父名義の畑で父親の相続すべきものがあり、原告は軍隊から除隊後約四か月間右畑を耕作して農業を営んでいたこと、父親の兄弟姉妹八人はいずれも郷里にあり、姉妹は末妹を除きそれぞれ結婚し、また右金秉好を除く兄弟はそれぞれ農業、漁業、製造業等を営んでいること、なお、原告の入隊中金星子とは離別したことが認められる。

以上の事実関係及び前示一の事実によれば、原告は出生以来本邦に不法入国するまでの約二五年間を韓国で生活し、同国において結婚歴及び軍隊歴を有するものであり、妻金星子とは離別したにしても、現にその長男は同国において原告の叔父に養育されているのに対し、本邦においては特段の資産もなく賃金労働者として稼働していたにすぎず、大部分の期間は単身生活をしていたのであるから、本邦に確固たる生活の根拠があるとは到底認めることができず、むしろ韓国にこそ生活の根拠があるというべきである。また、原告が韓国に強制送還された場合には現在本邦において有する職を失うこととなり、将来の生活設計の実現が困難になるとしても、それらは不法入国という違法行為のうえに築かれたものであり、それが喪失させられることをもつて直ちに人道に反するとはいえないし、前示事実関係に照らせば原告が韓国において生計を維持することが不可能であるとは到底認めることができない。他に原告の生活が破綻するとの主張を認めるに足りる証拠はない。

よつて、前示原告の主張は失当である。

(三)  原告は本件裁決及び令書発付処分により父親の生活が破綻すると主張する。

原告の父親金秉植が協定永住許可を受けている韓国人であること、同人が日本人高鷹とき子、さらに日本人益子ヒナとの結婚歴を有すること、現在宮城県栗原郡瀬峰町に居住すること、高鷹とき子とのその長女がすでに結婚し、次女が熱海市においてバスガイドとして稼働していること、八か月間原告が同居していたことは当事者間に争いがなく、この事実に〈証拠省略〉を総合すると、原告の父親金秉植は昭和一八年韓国済州道北済州郡朝天面咸徳里から来日し、そのまま本邦に居住しているものであるが、日本人高鷹とき子と結婚して英子、順子、秀司の三人の子をもうけ、昭和三五年四月同女が死亡した後さらに日本人益子ヒナと結婚して一子久美子をもうけ、本件裁決及び令書発付処分当時前示住所地において益子ヒナ、同久美子及び高鷹秀司(昭和五〇年四月一八日死亡)と同居し、季節移動労働者として稼働しており、益子ヒナも工場に勤め、現在両名の収入で生計を維持することが可能であること、資産としては現在居住の用に供している家屋を所有していること、原告は父親方を訪れた際等に小遣いその池をその家族に与えていたほかは父親及びその家族らの生計に対する経済的援助はしていなかつたことが認められ、〈証拠省略〉中右認定に反する部分は前示各証拠に照らし措信できず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、原告は父親の面倒をみるために不法入国した旨主張し、〈証拠省略〉中には右主張にそう部分があるけれども、同供述は前示原告が父親と同居した期間に照らしてにわかに措信できず、かえつて〈証拠省略〉によれば原告は韓国釜山において職がなかつたことから本邦において職を見つけるために不法入国したものと認められる。

以上の事実関係によれば、原告の父親は原告とは全く独立して生計を維持しており、結婚又は稼働している二人の娘もいるのであるから、原告が韓国に強制送還されたからといつて直ちに父親の生活が破綻し、父親及びその家族が困窮をきたすとは認められないのみならず、原告の父親において韓国に帰国することも不可能ではないことは前示のとおりである。

また、原告は高鷹秀司の死亡等により父親の精神分裂病が発病し就業能力を失つた旨主張し、〈証拠省略〉によれば、昭和五〇年六月ころ右発病をし約二〇日間入院し、一時生活保護を受けたことが認められるけれども、これらの事実は本件裁決及び令書発付処分がされた後の事情であり、直ちに同裁決等の違法事由になるとは解せられないのみならず、〈証拠省略〉によれば、現在同人は一か月に一〇日ないし一五日間働いており、生活保護もすでに打ち切られていることが認められ、同人及び益子ヒナの収入を合わせれば同人らの生計を維持するに足りるものであることは前示のとおりであるから、右事実があるからといつて原告の強制送還により父親の生活が破綻するとも認められない。

よつて、前示原告の主張もまた失当である。

(四)  以上のとおりであつて、当事者間に争いのないところの原告自ら不法入国の事実を申告した事実及び原告主張のその性行等を考慮にいれても、被告大臣が在留特別許可を付与しなかつたことにつき裁量権の範囲の逸脱又はその濫用をいう原告の主張はすべて失当であり、他にこれをうかがうに足りる事実はない。

3  してみると、本件裁決及び令書発付処分の違法をいう原告の主張はすべて失当であり、同裁決及び令書発付処分は適法にされたものというべきである。

三  よつて、原告の本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 菅原晴郎 山崎敏充)

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